新型コロナで思うこと -霊山浄土は苦しみの中にもあるー

 新型コロナウイルスもようやく一山越えた感が出てきました。東京も今日25日に緊急事態宣言解除が審議されています。(今現在、結果は報道されていません)

ほんの3か月前とは世界がガラッと変わってしまいました。テレビで過去に収録された映像を見て、人々が集まっていると収録とは分かっていても心がザワザワしてしまい、今は2月とは違う世界にいるのだと、実感します。


 御多分にもれず、当山も色々ありまして収入が落ち込んでいます。このままでは一体どうなるのだろうと不安も抱えますが、ふとした時に「有難いな」と、感じることがありました。


それは私の誕生日である4月30日の夕食前、4人の子供たちがハッピーバースデーを歌ってくれた時でした。長男は大学2年生、本来であればすでに大学で授業が始まっており家にはいません。長女も来年には希望通り大学生となれば家を離れます。

こうして家族が一緒に食事を取ることができるのは、あと何回あるのだろうか。と、思った時、毎日ゴロゴロしたり、勉強しなさい、と怒ってばかりいた自分が愚かだったことに気づきました。


今という時間は今しかありません。ドンドンと過去に過ぎ去ってしまいます。私たちは、まわりの状況ですぐ大切にしなければいけないものを見失ってしまいます。

子供たちは将来、家庭を持ったり、就職したりと家を離れていき子供である時間もあとわずかしかありません。

私は今、将来への不安と悩みを抱えていますが、家族がそろっている今を大切に思います。


法華経には『十界互具』(じゅっかいごぐ)という教えがあります。十界とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天・声聞・縁覚・菩薩・佛の十個の世界があり、その一つ一つの世界に十界が備わっているという教えです。


たとえば、修羅界の中にも地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天・声聞・縁覚・菩薩・佛の十個の世界があり修羅界の中の地獄の世界もあれば、修羅界の中の佛の世界もあります。これは、地獄界も佛の世界も同じです。地獄の中にも佛界があり、佛界の中にも地獄界があるのです。

この『十界互具』が私たちのここの中に納まっていて、車輪のようにグルグルと回っているのです。


悩みや苦しみだけの時は、地獄界の中の地獄界であり、地獄界の中で大切な物を見つけて「大事にしたい」と思えば、地獄界の菩薩界に変わります。


私も今病魔のはびこる地獄界にいますが、この地獄のおかげで家族がそろう大切な時間をいただけたのだと思います。どのような苦しみの中にも佛の世界はあり、幸せに向けて進む道を仏様は指し示してくださっています。私たちの心はいつだって「気づき」があれば救われるのです。


新型コロナも未だ道半ば、頑張りすぎずに、頑張っていきましょう。

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